クロガネ・ジェネシス

第26話 地獄の始まり
第27話 アマロリットの説得
第28話 シーディス召喚
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第ニ章 アルテノス蹂 躙じゅうりん

第27話
アマロリットの説得



 舞踏会の会場。そこでは、零児とギンの決闘が続いていた。会場内にいる人間は皆その決闘に意識を集中しており、誰1人としてアルテノスの町で起こっている異常事態に気づかない。
 互いに睨み合う零児とギン。ギンの体力は全面的に零児を上回る。タフさもあるだろう。彼より小柄な零児がギンを沈めるには、手数で圧倒するしかない。
 零児は思案する。しかし、あまり長く考えている時間はない。
 ギンに接近戦を仕掛けるのは危険だ。跳び蹴りの類も、効果は薄いだろう。しかし、近づかなければ攻撃はできない。
 そうして思案して、1つの結論を零児は導き出した。
 ――頼むぜ……!
 零児は疾駆する。悠然と立つギンに、零児は正面切って戦うことにした。
 即座に拳を振るい、ギンの腹部に叩きつける。以前と同じ手だが、今度は零児自身の体ごと跳んでいるわけではない。
 あくまで立ったまま。そして、すぐに自らの拳を引っ込めて、すぐに次の拳を放つ。
 連続で放たれる拳。ギンとてその拳を黙って受け続けるつもりはない。
 ギンの手が零児の手首を掴もうと伸びる。零児はすぐさま攻撃態勢を変更し、ギンの手首を弾き飛ばす。
「……!」
 そうして再びできた隙に、拳を腹部に叩きつける。
「グッ……てめぇ……!」
 ギンが睨む。零児は軽い笑みを浮かべると、その場に留まり、攻撃を再会した。
 攻撃されたなら攻撃し返す。隙があるなら拳を叩き込む。ある種単純なその攻撃は、ギンより背が低く、簡単にその懐に入り込める零児だからこそできる戦い方である。
 もちろん、いつまでもそんな戦い方が通用するほどギンは甘くない。幾度かの攻撃後、零児は背後に大きく跳んで、間合いを開ける。
 しかし、ギンはそれを許さない。零児が間合いを開けようと跳躍したその瞬間、自身も走り出し、零児と距離を詰めてきた。
 零児の着地点。そこに到達することを見越して、ギンは右手を振りかぶり、拳を突き出してきた。
 それを零児は左手で受け止める。しかし、重すぎるギンの一撃を受け止めきることはできず、そのまま零児の体は後退する。
 ギンはその隙を逃さない。足を振り上げ、かかと落としの体勢を作る。
「うおおお!!」
 かかと落としの体勢を見て、それが振り降ろされる前に横に跳躍し、回避する。ギンのかかと落としはその下にあった木製テーブルを真っ二つに叩き割った。
「ちょこまかと……!」
「足には自信あるのさ!」
 零児はすぐに体勢を低くして再び疾駆する。そして、何度目かになる跳躍を敢行した。
 ギンはその流れから、零児の狙いは跳び蹴りであると予想する。そして再び、零児の足を掴み、投げ飛ばそうと考えた。
 ギンの右手が伸びる。しかし、零児が取った行動はギンの予想を裏切った。零児は跳躍と同時に体をぐるんと1回転させる。その勢いで、ギンが伸ばした右手を左足でたたき落とした。
「うっぐう……!」
 ギンの右手の甲に激しい痛みが走る。脚甲のついたかかと落としはギンの右手をしばらく使いものにならないほどの痛みを与えるには十分な破壊力を持っていた。
 続けざまに、着地し、ギンの腹に拳を叩き込む。ギンは左手で零児に手を伸ばすがそれより早く、零児はギンの左足を払い、バランスを崩す。
「うおおおおおおおおお!!」
 それが零児の勝機に繋がった。
 グルンと体を回転させて放つハイキック。後ろ回し蹴りと呼ばれるその蹴りを、ギンの顎めがけて放った。
 ゴンッという感触。ギンは声も上げずにそのまま倒れた。
「え?」
 アルトネールの魔術で、動けない状態の亜人達のうち、何人かが驚愕のあまり表情を歪ませた。
 なぜなら、倒れたギンは白目を剥いてそのまま動かなくなってしまったからだ。
「う、うそだろ……」
 亜人の1人がつぶやく。おそらく彼らの中にこの状況を想像していたものは1人としていないに違いない。
「ギ、ギンさんがやられた!」
「そんな訳ねぇ! 何かの間違いだ!」
 亜人達の間で困惑が広がっていく。
 それは零児の勝利を意味していた。
「あんた達は……」
『!?』
 アマロリットが身動きがとれない亜人達に近づいていく。
 彼女は真っ直ぐに彼らを見据え、言葉を繋いだ。
「あんた達は、何のために、こんな真似をしたの?」
 静かにそう問うアマロリット。
 亜人達は口を閉じる。リーダー格であるギンがやられたためか、彼らの戦意は喪失していた。それだけ彼らの中でギンという存在は大きかったのだろう。
 亜人の内の1人が口を開く。
「この町は、人間に支配されている! なぜ、お前等より大きな力を持つ、俺達がお前等に支配されなければならない!」
「大きな力を振りかざして、それで弱い者を虐《しいた》げればそれで満足なの!? 弱い者いじめが、そんなに楽しいの!? それが、あんた達のプライドって奴なの?」
「弱い者いじめだと?」
「そうじゃない! 自分達が優位でなければ気が済まないんでしょう? 自分より力が弱い奴が上に立つことが許せないんでしょう?
 笑わせないでよ! あんた達、人間社会がどういう仕組みで動いてるかわかってるの? 暴力を振るっているだけで、社会を動かすことができると思ってるの? あんた達があたし達の変わりに、この町を、世界を動かすことができるって言うの!?
 亜人があたし達人間より、暴力の面で強いことは認めるは。それは紛れもない真実。だけど、あたし達人間には長い歴史を積み重ねて培ってきた知識があるわ! そんな知識もないあんた達が、人間に取って代わったところで何ができるって言うの!?
 あたしの仲間である亜人はあたし達より力は強いけど、だからこそ成し遂げられるものもある。暴力を振るってるだけのあんた達だけでは達成できない目標だって存在しているのよ!」
 アマロリットの強い語調に、亜人達は言葉を失う。
 亜人達のうち、何人かは考え始めていた。確かに、アマロリットの言うとおり、自分達は人間を殺すことや、暴力を振るうことばかりを考えていた。そして、同時に、それ以外のこと、暴力を振るう以上のことを自分達にはできないと考える者もいた。人間が考え、蓄えてきた知識は、アマロリットの言うとおり自分達には存在しない。
「殺したら、殺し返され、また殺す。そんな連鎖をずっと続けて、永遠に殺し合うことが、あんた達の望みなの? それは永遠に続く殺し合いの連鎖になる。それでもなお、あんた達は人間を殺すことを望むの?
 よく考えてみなさい! あんた達が短絡的に、今ここであたし達人間を皆殺しにして、その先何ができるのかを!」
 アマロリットの言うことには妙に説得力があった。それは、ただ単に、アマロリットの言うことが正しいからではない。気迫のような必死さが、否応なしに彼らの心に問いかけるものがあったからだ。
 零児には、その理由がわかった。
 グリネイド家の3姉妹は、過去に両親を亜人であるレジーに殺されている。
 アマロリットもアルトネールも、アーネスカが自分達の代わりに怒りを燃やしてくれたから、冷静になることができたと言っていた。
 アーネスカがいてくれなければ、自分達も亜人に対する思いは憎しみに捕らわれていたのではないかと語ってくれたのだ。
 だからこそ、亜人であろうと、人間であろうと、殺し合うことになんらメリットがないことをアマロリットは肌で知っているのだ。
 徒党を組んで暴力に酔っているだけの亜人達には、ただ言葉で言われたって理解できない。
 アマロリットがその体験を元に語るからこそ、彼らは耳を傾けているのだ。
「力があるだけで、なんでも支配できるというなら、それは思い上がりでしかないわ。力なんていくらあっても、正しく使われなければ空しいだけよ」
「1つ聞いてもいいか?」
 先ほど、アマロリットに食ってかかった亜人が問う。アマロリットに訴えを聞いたためか、先ほどより幾分声のトーンが落ちている。
「何よ?」
「お前は、なぜ俺達亜人を憎まないんだ? 俺達は、生まれた頃から、人間を憎むべき存在だと教えられて育ってきたのに……」
「憎んで……どうするの?」
「何?」
「あんた達を憎んだら、あたしは何が得られるの? あたし達人間は何が得られるというの? あんた達があたし達に襲いかかるから、あんた達があたし達人間を殺すから、憎まれるだけじゃないの? あんた達があたし達を憎むから、憎み返されるだけじゃないの?」
 亜人達がさらに困惑した。当たり前だ。アマロリットの言うことは、彼らが幼い頃から受けた、人間絶対悪の教育を根底から覆すものだったからだ。
 亜人は人間を殺さなければならない。亜人は基本的にそう教育されている。だからこそ、亜人と人間の共存は難しいとされ、互いに憎しみ合うことしかできなかったのだ。
 アマロリットとアルトネールはその状況を打開しようと動き出した。だからこそ、少しずつ人間とともに人生を歩もうとする亜人達が、アルテノスに生まれつつあるのだ。
「姉さん。魔術を解除して」
「アマロちゃん!?」
「いいから……お願い」
「……」
 アルトネールはアマロリットの言葉を受けて、亜人達を拘束している魔術を解除する。
 アマロリットは真っ直ぐに亜人達を見つめた。
「お願い。これ以上……人間を憎まないで。そんなことしても、憎しみの感情が連鎖していくだけ。命がイタズラに失われていくだけ。そんな殺伐とした世界に、あんた達だって住みたくはないでしょ? あんた達が将来子供を作ったとき、殺し合う世界に住まわせたくはないでしょ?」
「わかった」
『!?』
 亜人の内の1人がそう言った。
「お、おい! お前、この女の言うとおりにするつもりかよ!?」
 再び亜人達の間で混乱が広がる。亜人が人間の言い分を理解し、自ら手を引くなど、普通では考えられない。大半の人間も、亜人も。
「その女の言うとおりだ。俺達は確かに力があるけど、ただそれだけだ。俺はあの女の言うことを信じてみようと思う。きっとその方が楽しい未来を作れそうな気がするから」
「お、おい何人間みたいなこと考えてんだよ!」
「うるせぇ! もう古いんだよ! 人間が悪って考え方は!」
「そうだ! 俺も人間を信じてみるぜ! 俺達が人間を拒否し続けたって、殺伐としたつまらない未来にしかならない気がするしな!」
 ――すげぇ……。
 零児は素直に感動した。アマロリットの説得で、亜人達の意識はここまで変わった。零児には、言葉だけでここまで亜人へ語りかけることは出来なっかったと思う。
 そして、亜人に両親を殺された経験のあるアマロリットだからこそ、それはできたのではないかと思う。零児や火乃木が彼らに同じことを言っても、きっと聞き入れてはもらえなかったのかもしれない。
「そこまでだ!」
 その時、会場内に怒号が響きわたった。
 声をした方をだれもが注視する。会場の入り口にいたその人物は全身を鉄で覆う鎧と、口の部分がくちばしの用に尖らせてある兜で頭部全体を覆った人物が5名ほど立っていた。恐らく今声を発したのは彼らを束ねる隊長だろう。
 ――予定通りだな……。
 零児は彼らを横目で一瞥し、思った。 「亜人達よ! 貴様等には法による罰を受けてもらう! 器物損壊の罪状でな!」
 亜人達は顔を見合わせた。彼らがやろうとしていたことは殺人だ。ならば殺人未遂の罪状がつくはずだ。なのに、この男は器物損壊、即ち、ガラスを破壊した罪に問うという。
「ど、どうする?」
「罪は罪だ……人間を信じると言った以上、俺は人間のルールを受け入れるさ」
 もはや亜人達に人間を殺すという感情は残っていなかった。まだ、反発するものがいるが、それでも全体から殺気は消えてなくなっていた。
 そこで、アマロリットが再び口を開いた。
「あたしはあんた達に、人間社会をもっと知ってほしい……」
 再び亜人達が、アマロリットの言い分に耳を傾ける。
「だけど、あんた達は罪を犯した。そのことが、人間社会を知る1つのきっかけになるのなら、1度罰を受けて、そして、もう1度考えてほしい。亜人と人間は殺し合わなければならないのか、それとも、互いに手を取り合うことができるのか……。そして、人間のことを信じられるのかどうかを……」
 それは、懇願にも似たアマロリットの本心だった。
 亜人の内の1人が歩みでる。そして、アマロリットの瞳を見つめながら言った。
「なあ、あんた名前は?」
「アマロリット・グリネイド」
「覚えておくよ。なあ、アマロリットさん。俺はあんたの言葉を信じてみる。あんたの言う、人間と亜人が共存する世界。そんな未来が、本当に訪れるといいな」
「もちろんよ! 絶対作ってみせるわ!」
 そうして、亜人は自ら鎧を着た戦士の元へ足を運んだ。
 他の亜人達も同様だった。彼らはアマロリットの言葉を信じることにしたのだ。一部の亜人には、彼女の言葉を素直に信用していない者もいるだろう。だが、彼らも暴れて混乱を起こそうという考えは少なくともなくなっていた。
 そんな雰囲気ではないということもあるし、ギンを倒した零児を敵に回したくないという考えもあっただろう。
 彼らは大人しく逮捕され、鎧を着た人間達にその身柄を預けられた。
「アマロさん」
 その光景を黙って見守っていた零児が口を開く。
「彼らは、本当に俺達人間を信用してくれただろうか?」
「わからない。だけど、信じるしかないわ。彼らが自分達の意志で人間と共存の道を歩んでくれることを」
「そうだな……」
 とにもかくにも、亜人の襲撃は終わったのだ。だれ1人死者を出すことなく。
 会場内にいた全ての人間も安堵する。そして、アマロリットを賞賛しようと声をかけようとした人間も何人かいた。その時、アマロリットは信じられないことを言った。 「ギン! もう起きあがっていいわよ!」
 瞬間、その場にいた人間達は驚愕の様相で倒れている亜人を見た。
 それは先ほど零児が決闘で倒したはずの亜人。そう、彼だけはなぜかほったらかしにされ、倒れたままでいたのだ。
 白目を剥いていたギンはゆっくりと起きあがる。
「お〜……いてて……」
 ギンは零児に蹴られたあごをさする。
「ど、どういうこと?」
 火乃木とアルトネール、アーネスカも呆然としている。一体何がどうなっているのか。
「上手くいったな」
 ギンの元へと零児は近寄っていく。
「ああ。決闘ごっこも楽じゃねぇぜ……」
「アマロちゃん!」
「レイちゃん!」
「零児!」
 アルトネールと火乃木、アーネスカがやってくる。
「一体何がどうなってるの? ギンは、私達を裏切ったわけではなかったの?」
 アマロリットはゆっくりと首を横に振る。
「違うのよ、アーネスカ」
 アマロリットはことの成り行きを説明し始めた。
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